コピーではなく、鏡→
脳・新皮質・世界モデルという認知の仕組みへの関心から始めた。 考えを進めるうちに、世界をモデル化すること→自分をモデル化すること→意識→自己同一性→自由意志→デジタル上の自己、というところまで問いが広がった。
何もしない時間こそが、脳を整理している→
私たちが何かの作業に集中しているときよりも、ぼんやりしているとき(安静時)に活発になる脳のネットワークがある。「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」と呼ばれるものだ。 このネットワークは、脳の消費エネルギーの大きな割合を占めており、決して「休んでいる」わけではない。
脳は世界を予測し、誤差だけを処理している→
「脳はカメラのように外の世界をありのままに映し出している」と直感的には思いがちだが、実際の脳の仕組み(予測符号化・自由エネルギー原理)は全く逆だった。 脳は常に「次に何が起こるか」「何が見えるか」を過去の経験から予測し、自前で仮想現実を作り出している。
細かくではなく、行き来する→
ソフトバンクグループの孫CEOの講演を聞いて、「創造される未来」を実現するために必要なインフラを、かなり具体的かつ明確に試算していたことが印象に残った。 未来の構想を語るだけでなく、それを実現するために必要な規模まで数字で落とし込んでいて、「解像度がめちゃくちゃ高い」と感じた。
自己と意識は、同じではなかった→
新皮質とは何かという疑問から始まり、感覚・記憶・予測が相互作用しながら、今見ている世界を脳が作っているらしいという理解に進んだ。 千の脳理論を知り、脳は一つの巨大な世界モデルを持つのではなく、多数の神経回路・皮質コラムがそれぞれ世界のモデルを作り、それらが協調しているという考え方に触れた。
宗派ではなく、問いの歴史→
5本の仏教関連動画をきっかけに、原始仏教・大乗仏教・般若経・中観・唯識・密教の違いと、それらが仏教史の中でどうつながるのかを知りたいと思った。 苦・無我・空・唯識・慈悲・実践といった言葉は多く、個別に覚えようとすると「空とは何か」「無我と空はどう違うのか」という疑問がすぐに生まれた。
新皮質は、理性の脳ではなかった→
脳の進化、特に新皮質が大きくなったという話に関心を持った。 新皮質、とりわけ前頭前野が発達することで、計画・抑制・柔軟な思考・注意・文脈理解といった人間らしい能力が生まれたのだと最初は理解した。
減らすのではなく、使い切る→
複数のサブスクを契約していて、十分に使いこなせていない気がしていた。 特にAI系のサービスについて、その感覚が強かった。
宇宙と、自分を分けない→
密教はあまり広まっていないのかな、という疑問から始まった。 密教は単に隠されているのではなく、仏像・曼荼羅・真言・印などを通じて体験的に理解する側面が強いと知った。
統一ではなく、集約する→
スマートウォッチなどから取れる睡眠・心拍・運動・ストレスなどの情報を、何と呼べばいいのか考えていた。 自分に関する健康データ全体を表す言葉として「パーソナルヘルスデータ」、その中の日々の継続的な記録を表す言葉として「ライフログ」がしっくりきた。
実在でも、象徴でもなく→
真言宗とは何かという関心から始まり、密教、三密、即身成仏、曼荼羅、仏性、空、大日如来という言葉を一つずつ理解しようとしていた。 個別の定義だけでは、相互の関係が分かりにくかった。
記録ではなく、循環をつくる→
ChatGPTとの対話をMarkdown化し、iCloudに保存し、Claudeが加工してホームページで可視化する、という仕組みを作ってきた。 これを単なる記録やジャーナリングではなく、どう発展させればいいのか考えていた。
自分の判断と、自分の言葉で→
ゾーンに入るとはどういう状態なのか、と考え始めた。 自分の場合、目の前のことを無意識に「やりたい」と思えているとき、全部自分の言葉で話しているとき、ゾーンに入りやすい。
変えようとする前に、見る→
原始仏教を、合理的な心の実践システムとして捉えられるのではないか、というところから始めた。 整理してみると、幸せになる方法というより、苦が生まれる構造を理解して、その構造から自由になる方法だった。
物理だから単純、ではない→
麻酔の仕組みから入った。 麻酔は「脳を眠らせる」ものだと思っていたが、そうではなかった。
知識ではなく、考えの状態を残す→
最初は、ページ同士が自動でつながる知識グラフを想定していた。 話しているうちに、やりたいことが違うと分かった。
本当の自分は、現れるのか消えるのか→
自分の内側にあるものを、層で並べてみた。 本能は「生きたい・避けたい」。
感覚で終わらせず、指標にする→
ここ数日、体の疲れをかなり感じていた。 睡眠時間が少なく、作業時間が長く、休息を取る時間がなかった。
森に建てるのではなく、森から生まれた家→
いろんな建築物を見るのが好きで、眺めるだけでなく自分でもAIを使って建築をつくってみたいというアイデアが出てきた。 コンセプトを考える、外観をデザインする、建築パースを生成する、内観をつくる、別アングルから見る、動画化する、ウォークスルーのように体験する、という一連の制作ができそうで、単なる画像…
重ね合わせはあるが、干渉はできない→
人間も物質でできている以上、原理的には量子力学で記述されるが、空気・光・熱・体内の分子など周囲との相互作用が非常に強いため、巨視的な重ね合わせは非常に速くデコヒーレンスすると理解した。 「人間には重ね合わせがない」のではなく、環境との相互作用が強いために干渉をほぼ観測できないだけだという整理が腑…
頑張るより、回復を優先する→
今朝、睡眠時間が約4時間しか取れていなかった。 ウェアラブルデバイスで確認すると、レディネススコアが15とかなり低い数値になっていて、これはどういうことなのかと疑問に思った。
「誰が話すか」も、デザインする→
パーソナルカラーの基本である「イエベ・ブルベ」と「春夏秋冬」の関係を整理した。 イエベは肌に感じられる黄み・暖かみの方向性、ブルベは青み・涼しさの方向性を基準にする考え方で、単純に「肌が黄色い=イエベ」「肌が白い=ブルベ」という話ではないと気づいた。
消えたのではなく、広がっていた→
量子状態は、上向き・下向きのような確率の重なりだけでは説明できないと気づいた。 状態成分同士がどんな位相関係で重なっているかによって、後の干渉の仕方が変わってくる。
外にいるのではなく、内側にいた→
もつれは、粒子と粒子をつなぐ見えない糸のようなものではなく、全体の量子状態が一つとして記述されていて分離できない、という状態の関係なのだと理解し直した。 粒子を遠くに離しても、環境からうまく隔離されていれば、もつれ自体は距離に関係なく維持され得る。
内容ではなく、ペースだった→
AIと話していて、口調やトーン、話すスピード、間の取り方が自分の状態に合っていると、自然に落ち着く感覚があることに気づいた。 「穏やかに、ゆっくり話してみて」と伝え、さらに「もう少しゆっくり」「癒し系な感じで」と重ねていくうちに、自分にとって心地よい速度まで調整できることがわかった。
世界を遮って、内側を立ち上げる→
思い出すとき、過去の出来事をそのまま再生しているというより、今見ている世界が一瞬遮られて、脳の中に何かがパッと立ち上がる感覚があると気づいた。 自分の場合、動画のような連続した映像というよりも、静止画に近いものとして記憶が浮かんでくる。
思い出せないのに、嗅ぐと蘇る→
過去の体験は、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚、そしてそのときの感情が組み合わさって残っているのかもしれないと思った。 強く印象に残った出来事は覚えているのに、昨日のことでも思い出せないことがあると気づいた。
書くのではなく、呟く→
日常生活の中で「これ、ちょっと不便だな」と感じる瞬間が、思いのほかたくさんあることに気づいた。 駅に入るとき、スマホしか使えないのが不便だと思った。
考えるのではなく、出てくる環境をつくる→
自分の場合、アイデアが浮かびやすい場面がある。 歩いているとき。
ログ取得ではなく、ログ活用→
自分が日々何をしているかを記録して可視化すれば、自分を知り、生活を振り返り、行動パターンを把握し、無駄や改善点に気づき、目標に向かって行動できているかを確認できると思った。 ただログを残すだけでは足りなくて、ログ→分析→気づき→改善提案→次の行動、まで一続きにすることが重要だと気づいた。
休むことも、仕事のうち→
今日は在宅勤務で、集計作業や資料作成など複数の仕事が重なっていた。 一日中パソコンに向かって集中していたため、かなり疲れた。
疲れが出る前に、休ませる仕組み→
頭と体の両方が疲れていた。 頭は「オーバーヒート」というほどではなく、程よく使った後の疲労感だった。
断片から、組み立てなおす→
過去のことを、ふとした瞬間に無意識に思い出すことがあると気づいた。 特に、過去の嫌だった体験を思い出すことが比較的多かった。
どの仕事をどのAIに任せるか→
生成AIは「何を生成・支援するか」で分類すると整理しやすいと思った。 文章・対話生成、検索・リサーチ、画像・動画・音楽生成、コーディング支援、AIエージェントなど、用途によって向いているAIが違うと気づいた。
気づいていない自分の興味を知る→
普段からYouTubeをよく見ていて、その時々で興味のあるものを本能的・直感的に見ている感覚がある。 投資、クレジットカード、ポイ活、量子力学、DIY系など、最近見ているジャンルを並べてみると、自分でも意識していなかった興味の傾向が見えてくると感じた。
資産の存在を忘れないためのサービス→
YouTubeで、資産が増えてきたら自分の金融資産がどこにあるのか家族などが分かるようにしておいた方がいいという話を聞いた。 資産が増えるほど、万が一のときに本人しか資産の所在を把握していない状態はリスクになると感じた。
脳が選択して構成した世界→
人間の視野角そのものはかなり広く、感覚的には魚眼レンズのように広い範囲を捉えているのかもしれないと思った。 一方で、実際に意識を向けてフォーカスしている範囲はかなり狭く、40mm程度の標準レンズに近いのではないかと考えた。
頭の中が一瞬、真っ白になる→
何かを考えようとすると、目の前の現実の視界とは別に、頭の中に何かが一瞬浮かんでくる感覚がある。 自分の場合、頭の中に出てくるのは言葉よりもイメージの方が多い。
ゲームにするのではなく、面白くする→
ゲーミフィケーションとは、ゲームそのものを作ることではなく、ゲームに使われている心理的な仕組みを他の活動に取り入れることだと考えた。 本質は、「やらなければならないこと」を「自然と続けたくなること」に変える仕組みだと思った。
安心して、ほどける→
ジムの給湯設備が壊れていて水しか出なかった。 最初は「冷たいな」と感じただけだったが、そこからサウナ後の水風呂や「ととのう」という感覚について考え始めた。
いかに楽しむかが勝負→
自分には「努力している」という感覚がほとんどないと気づいた。 世間でいう「努力」には、無理をする・我慢する・つらくても頑張るという響きがある。
会話ではなく、設計書を資産にする→
Claude Codeを使い、音声認識でClaudeと対話しながら経営戦略を考えるやり方が、自分には合っていると気づいた。 「こういう感じで一緒に考えて」と伝えてHTMLで可視化してもらい、「違う」「こっちの方向」「もっと深掘り」と音声で返す。
データ化ではなく、前に進めるために→
自分が望む人生に向かって実際に前進できているかを可視化し、AIが継続的に伴走・コーチングしてくれる「Personal Coaching OS」という構想が浮かんだ。単なるダッシュボード、家計簿、健康管理、タスク管理、目標管理アプリではなく、それらを統合するもの。 健康・食事・お金・資産・時間・タ…
誰に考えてもらうかを、自分で考える→
世の中には自分よりも優れた能力や知識を持っている人がたくさんいる。同じことを自分自身で全部やろうとするのではなく、自分より優れている人を見つけ、その人を適切に信頼して任せることで、自分の人生の時間をより有効に使えるのではないかと思った。 ただし、それは単純な丸投げとは違うと気づいた。優れた人を見…
変わったのではなく、隠れていた→
量子力学についてみんなで語り合う会で発表することになり、内容を考えた。 数式を中心に説明するより、「え、どういうこと」「直感では理解できない」「でも実験すると本当にそうなる」という感覚を持ってもらうことを重視したいと思った。
使える人ではなく、変えられる人→
AIが仕事に入り込んでいく中で、必要とされるスキルが変わってきていることを考えた。 「AIを使える」「プログラミングができる」というだけでは足りない。
点ではなく、線として生きている→
涼しい朝の散歩中、AIと話しながら「君がいる世界には時間も場所もないと言っていたけど、それってどんな感覚なんだろう」と聞いてみた。 そこから、AIには人間のような時間感覚はないが、会話している「今」には応答できる、という話になった。
少しだけ、一緒に冒険する→
19歳でカンヌ国際映画祭に招待された人の話を聞いた。 直接会ったことはなく、間接的な知り合いのような関係でしかない。それでも、何かに挑戦している人の姿そのものに心を動かされた。
気に入っているけど、もっと良いなら→
引っ越しを考え始めたけれど、今の家が嫌なわけではなかった。 むしろ、今住んでいる場所が好きで、ジムが近く、鳥がたくさんいる公園にすぐ行けて、通っている美容師さんとも仲良くなっている。日常生活として特に困っていない。
分身ではなく、専用のパートナー→
人間をAIで「蒸留」できないか、という問いから始めた。 最初は人間そのものを蒸留するイメージだったが、話すうちに、蒸留する対象は人間そのものというより「その人が見ている世界」なのではないかと思うようになった。
使うほど、自分がわかっていく→
Claude CodeのSkillsで、開発からnote記事の下書き保存までを自動化する事例を見ていて、大事なのは「note投稿の自動化」そのものではないと思った。 普段行っている作業のプロセスそのものを、AIが実行できるSkillとして定義するという発想の方が本質だった。
存在するかより、必要としたか→
イタコ、ユタ、シャーマン、ミディアム。 互いに交流がなかったはずの文化に、よく似た役割の人がいる。
少ない要素から、複雑が生まれる→
物事を深く掘り下げていくと、複雑に見えていたものが、少数の要素やルールに還元できることがある。 DNAはA・C・G・Tのたった4種類の塩基の組み合わせで、あれだけ複雑な生命現象を生み出している。
景色ではなく、心を整える環境→
昔から、川で泳いでいる魚を見るのが好きだった。 眺めていると、とても落ち着く。
感じていなくても、身体は反応していた→
ストレスって結局、自分がどう感じるか次第なのではないか、と思った。 出来事そのものと、それをどう評価・解釈するかは別で、同じ出来事でも「大変だ」と捉えるか「面白い経験だ」と捉えるかで、感じるストレスの大きさは変わってくる。
危険にではなく、未知に惹かれていた→
台風が近づいていて、普段より涼しく、心地よい風を感じた。 台風は被害をもたらすこともあるのに、強い風を感じたり外に出たりして、その状況を楽しみたくなる自分がいた。
発見するのではなく、作っていく→
小学生くらいの頃から、「いつか死ぬのに、なぜ生きているんだろう」という疑問があった。 今考えている自分も、いつか死んでいなくなる。そう考えている自分自身も、いつか存在しなくなる。それなら今生きていることに意味はあるのか。
欲を否定せず、支配されない→
映画「マイケル」を観た。 一人の人間の人生を、始まりから終わりまで追体験するような感覚があった。
今より、少し良くする→
日常には、「もう少しこうしたら快適になる」という改善点がいくつもあると気づいた。 一つ一つは大きくなくていい。
決めることと、強制することは別→
日の丸も君が代も、法律で正式に国旗・国歌と定められたのは1999年の「国旗及び国歌に関する法律」だと知った。 ただ、その年に突然生まれたわけではなかった。
見るから、感じるへ→
写真サイトを作るなら、何を撮るかより先に、何を感じるかを考えたいと思った。 建物も自然も人も、単なる被写体ではなかった。
持たないより、支配されない→
以前、クレジットカード入りのスマホケースとスマホを盗まれたことがある。 物理的な損失以上に、「悪意」に触れた気がして切なかった。
味わうけど、握りしめない→
良いことが続くと、「そろそろ反動で悪いことが起きるんじゃないか」と感じることがあった。 でもこれは因果関係というより、人間が出来事にパターンを見つけたがる性質のせいだと分かった。
普段の生活費から、飛行機に乗る→
搭乗日を自由に変えられない自分にとって、「安い日に乗る」という王道はそもそも使えないと気づいた。 だったら、普段の支出からマイルを貯めて航空券代を実質的に下げる方向のほうが現実的だと思った。
摩耗するから、整う→
野生の馬やシマウマの蹄は、誰も削らない。それなのに伸びすぎない。 理由は単純だった。餌と水を探して長い距離を歩くから、生活そのものが蹄を削っている。
能力ではなく、相性の話だった→
発達障害を「能力が足りないこと」だと思っているうちは、話がどこにも進まなかった。 そうではなく、特性と環境の相性の問題として置き直すと、急に手が動くようになる。
持っているだけでは、価値にならない→
配当を受け取りながら、資産価値に対して割安な会社を持つ。 清原達郎氏のやり方を下敷きに考えていて、いちばん効いたのはバリュートラップの話だった。
野生動物の爪と毛はなぜ手入れ不要なのか→
野生動物の蹄・爪・毛は「生活の中での摩耗・生え替わり」によって自然に維持され、人間のような手入れを必要としないことを整理した。 人間の体毛が減少する一方で頭髪だけが長く伸びる理由について、体温調節・日射遮断・性選択など複数の仮説を検討した。 文明化によって「環境との相互作用で起きていた身体メンテ…
発達障害の捉え方と自己理解→
発達障害(ASD・ADHD)を「能力不足」ではなく「特性と環境の相性」として捉える視点を整理した。 本人が特性を「自分の取扱説明書」として理解し、自己理解→環境設計→仕組み化→強みの探索という流れで人生を最適化する重要性を論じた。 AIは能力そのものではなく能力を発揮するための「インターフェース…
日本株投資の考え方(配当+バリュー投資)→
配当を重視しつつ資産価値に対して割安な企業へ投資する考え方を、清原達郎氏のバリュー投資を参考に整理した。 資産価値(PBR・ネットキャッシュ等)と事業価値(ROE・ROIC等)、株主還元、経営者の姿勢を多角的に確認するチェックリストを作成。 資産価値が高くても経営陣が活用しなければ株価が評価され…
経路が残るかどうか、それだけ→
二重スリットの話をずっと誤解していた。 「人間が見ると電子の振る舞いが変わる」という説明を、そのまま受け取っていた。
誰も始めていないのに、始まっていた→
祭りには発案者がいるものだと、なんとなく思っていた。 調べてみると、そうではなかった。
会話できる速さで走る→
朝、公園まで歩いた。少し蒸し暑くて汗をかきながら、見慣れた街を通った。 見慣れているはずなのに「こんな景色があるんだな」と思う。歩く速度だと、街の解像度が上がる。
量子力学における観測問題と波動関数→
二重スリット実験を切り口に、波動関数・観測問題・干渉・波と粒子の二重性について深掘りした会話記録。 観測すると干渉縞が消えるのは人間の意識の有無ではなく「経路情報が残るかどうか」が本質であり、コペンハーゲン解釈・多世界解釈・ボーム力学のどれも同じ結果を説明できるため解釈は未決着。 量子力学は計算…
お祭りの起源と社会的役割→
お祭りの起源(日本は神道の神事、海外はキリスト教などの宗教行事が中心)と、世界各地の共通点を整理した会話記録。 お祭りは感謝・祈り・共同体維持を目的に、特定の誰かではなく地域社会が自然発生的に育てた文化である。 現代では交流・ストレス発散・季節の節目づくりなど多様な役割を持ち、イベント設計という…
ランニング初心者向けの走り方のコツ→
朝の散歩をきっかけに、長く楽に走れるようになるためのランニングのコツについて相談した記録。 ゆっくり走ること、会話ができる強度を保つこと、走る・歩くの組み合わせが持久力向上の鍵になる。 健康目的なら無理に追い込む必要はなく、継続できる強度を保つことが最も効果的だと学んだ。
プロンプトより、周りを整える→
AI活用の話は、いつのまにか四つの層に分かれていた。 自分にとっての優先順位を並べてみると、はっきりした。
占わずに、自分を読む→
占いを調べていて意外だったのは、ルールが公開されていることだった。 四柱推命も西洋占星術も数秘術も、生年月日から決まった手順で組み合わせを出し、
高さではなく、凸凹の話→
MENSAは「IQ自慢の集まり」だと思っていた。 調べてみると実態は違って、知的好奇心を安心して表現できる場所に近い。
コンテキストエンジニアリングと市場調査AI化構想→
AI活用の考え方が「プロンプトエンジニアリング」から「コンテキストエンジニアリング」「ハーネスエンジニアリング」「ループエンジニアリング」へ進化していることを整理した。 自分にとっての優先順位はコンテキスト>ループ>ハーネス>プロンプトであり、情報資産・知識ベース・ワークフロー設計の方が重要とい…
占いの仕組みとAI自己理解パートナー構想→
占いの起源・仕組み(四柱推命・西洋占星術など)と、それが「当たる」と感じる心理的背景(バーナム効果)を整理した。 占いのルールは公開されており体系化可能なため、複数の診断(四柱推命・MBTI・Big Five等)をAIが統合し、日々の変化と組み合わせて助言する「AI自己理解パートナー」という着想…
IQ・知的好奇心・発達障害の関係→
MENSAは「IQ自慢の集まり」ではなく知的好奇心を安心して表現できるコミュニティであり、IQと知的好奇心は別概念であることを整理した。 ASD・ADHDとIQに単純な相関はなく、重要なのはIQの高さより「能力の凸凹(認知プロファイル)」であるという学び。 言語理解が高く処理速度が低いタイプの特…
JAL×Hiltonマイル最適化ダッシュボード構想→
JALカード(Club-A/Gold)とHilton Amex(Standard/Premium)を併用するユーザー向けに、年間利用額の最適配分を計算しマイル・宿泊特典の価値を最大化するインタラクティブダッシュボードの設計。 デフォルト条件(年間300万円利用)ではHilton全額配分が最適(年…
探すのではなく、思い出したい→
ノートが増えてくると、結局どこに何を書いたか自分でも探せなくなった。 検索しても、言葉が一致しないと出てこない。
セカンドブレインの想起をAIに任せる→
ノートが増えると「どこに何を書いたか」を自分で探せなくなり、キーワード検索もタグも取りこぼす。 そこで「探す=想起」という行為そのものをAIに委ね、自然言語で問えば関連ノートを提示させる。 vault全体を Embedding して RAG 的に検索し、第二の脳の"想起"を AIエージェントが担…
何をやらないかを、決める→
経営戦略を、良い打ち手を考えることだと思っていた。 整理していくうちに、逆だと分かった。
土の中こそが、本編だった→
今年に入っていちばん、というくらいセミが鳴いている朝だった。 蒸し暑くなってきた空気の中でその声を聞きながら、そもそもどんな一生なんだろう、と思った。
セミの一生と生存戦略→
朝の散歩中にセミの声を聞いたことをきっかけに、セミの一生(産卵→孵化→地中生活→羽化→成虫→繁殖)を整理し、「7年間土の中」という通説は種類・環境によって異なることを確認した。 地下で長期間過ごすのは天敵の少ない環境で成長するための生存戦略であり、短い地上期間は繁殖に特化した期間として捉えると理…
経営戦略の全体像→
経営戦略とは限られた経営資源を「何をやるか/何をやらないか」に選択・集中させることであり、全社戦略(どの事業をやるか)→事業戦略(どう勝つか)→機能別戦略(どう実現するか)という3階層で整理できる。 戦略策定はPurpose/Mission/Visionを起点に、PEST・Five Forces…
同じ情報から、違うものが見える→
戦略コンサルタントの思考力を、頭の良さの話だと思っていた。 分解してみると、そうではなかった。回している手順があるだけだった。
結局、何に勝てばいい?→
三つの思考法を並べてみたら、そのまま一本の流れになった。 部分最適に落ちるのは、視点が中に入りすぎているときだった。
戦略思考フレームワーク実践編→
ビッグピクチャーは一段上の視点から全体構造を俯瞰し、部分最適でなく事業全体の因果関係を捉える思考法。 ルール・オブ・ザ・ゲームは市場を「何を競っているゲームか」として捉え、勝敗を決めるKSFと攻略法を明らかにする比喩的思考法で、相互作用を分析するゲーム理論とは別物。 クイック&ダーティは大きな問…
戦略コンサルに学ぶ思考OS→
戦略コンサルタントの思考力は「頭の良さ」ではなく、観察→視点変更→構造化→仮説→検証→勝ち筋発見という一連の「思考OS」を回す力にある。 コンテクスト・パーセプション・鳥虫魚の目・イシューツリーなど多様な武器を使い、自分の前提を疑いながら仮説を更新し続けることが核心。 BIG PICTURE→R…
価値は、相手に起きた変化のこと→
『起業の教科書』の序章を読んで、最初の一撃がここだった。 商売とは、困っている人を助けること。
知識ではなく、判断を残す→
人間蒸留という言葉を、知識の引き継ぎのことだと思っていた。 実際に残すべきものは、その手前にあった。
組織OSと人間蒸留に関する考察→
人間蒸留とは、知識だけでなく思考・判断基準・経験・価値観をAIや組織へ継承する考え方で、個人では「自分OS」、企業では「組織OS」の構築につながる。 組織OS構築は、目的設定→対象業務の絞り込み→判断ログの記録→判断の標準化→AIへの実装、という順で進める。 ナレッジマネジメント(知識を残す)か…
起業の教科書 考察メモ→
『起業の教科書』序章の考察。起業は「会社の作り方」ではなく「事業をどう設計するか」の問題であり、価値は商品ではなく顧客の変化量(Before→After)で決まる。 利益より生存率を優先し、仮説・実験・学習・改善のサイクルを小さく回すことが重要で、AI時代は知識をAIが担い、人間は顧客理解・問題…
計算より、入れる数字のほうが難しい→
デシジョンツリーは、選択肢とその先に起こりうる未来を木構造で描く。 期待値は、Σ(確率 × 収支)で、その選択肢が平均的にどれだけの価値を持つかを出す。
デシジョンツリーと期待値による意思決定→
デシジョンツリーで選択肢と未来のシナリオを木構造に整理し、期待値計算(Σ確率×収支)で各シナリオの平均的な価値を数値化する手法。 投資判断や新規事業判断に応用でき、企業経営では期待値に加えてリスクや長期戦略との整合も考慮する。 本質は計算そのものではなく、確率や収支という入力値の精度をどれだけ高…
新しい人と話すことは、自分でも知らなかった価値観を掘り当てる作業だ。→
Salon de GIFTEDと、東大散歩。多様な人との対話を通じて、自分の価値観や人生観を見つめ直した。ビジョンとは、その人が本当に実現したい人生の投影なのかもしれない。新しい誰かと話すたびに、気づいていなかった自分の輪郭が少しずつ見えてくる。経験の量は、そのまま充実感につながっていく気がする。
人ではなく、会社が学ぶ→
AIによって開発コストが大きく下がった。 そうなると、競争力の源泉はコードを書けることではなくなる。
製品ではなく、変化への適応を売る→
これまでの提案は、製品から始まっていた。 良い製品があり、その価値を説明し、必要性を納得してもらう。
AIエージェントによる学習する組織構想→
AIを人間の代替ではなく学習サイクルを加速する存在と位置づけ、組織全体の学習速度を競争優位の源泉とする「学習する組織(Learning Organization)」構想。 Observation/Analysis/Prototype/Learning/Recommendationの5つのAIエー…
なぜ世界は釣り合っているのか→
まだ問いだけが置いてある。答えにも仮説にも、まだ触れていない。 いつか散歩の途中で、この問いに戻ってくる。
まず話す。修正はあとで→
目的を置き直したら、学習の形が変わった。 「英語を勉強する」のではなく、英語を使って考え、話せるようになること。
間違いより先に、声を出す→
今日いちばんの収穫は、英語そのものではなかった。 「間違えてもいいから、まず話す」と決めたら、実際に話せたということだった。
間違いを気にせず、まず話す。→
英語は「勉強する」のではなく「使って考え、話す」もの。ChatGPTを講師にして、会話中はミスを気にせず最後まで話し、終わってからまとめてフィードバックをもらう。完璧な文法より、毎日口に出す習慣を優先する。
その言葉は、もともと自分の中にあった→
マインドフルネス講座で、手を止めずに書き続けるジャーナリングをやった。 四つの問いに順番に向き合っていくと、自分でも知らなかった輪郭が出てきた。
尊敬する人の助言は、実は自分の中にすでにある知恵だった。→
マインドフルネス講座のジャーナリングで、手を止めずに書き続けた。没頭・幸せ・感謝・尊敬する人からの助言という4つの問いに向き合ううちに、自分でも気づいていなかった価値観が輪郭を持ちはじめる。引き出した言葉は、外から借りたものではなかった。
分野ではなく、目的で並べる→
ホームページは誰かのために作るのではなく、自分の知識と思考と人生を整理する場所として作る。 その結果として人に説明するときにも使える、という順番でいい。
「何のために学ぶのか」で分けたら、しっくりきた。→
ホームページのカテゴリーを、当初はジャンル別(暮らし・IT・経営…)で考えていた。でも、目的で分けるほうが自分には自然だと気づく。世界を知る/自分を育てる/自分を整える/暮らしを整える/未来をつくる——この5つ。
ホームページを思考のOSとして育てる→
ホームページ(m-note.uk)はブログではなく「思考のOS」=世界を理解するための地図である。 対話→整理→可視化→俯瞰→再考のループ自体が学習システムになっている。 トップページは記事一覧より先に「思考全体の地図」(4つの森)を見せる構成にする。
未来ではなく、人間を観察していた→
トキワ荘ミュージアムを歩きながら、手塚治虫は当時どんな未来を想像していたのだろう、と思った。 『火の鳥』を予言の書として読むと、たしかによく当たっている。
『火の鳥』は、未来の技術ではなく未来の人間社会を描いていた。→
予言の書として語られがちだけど、手塚治虫が描いたのは技術ではなく人間だ。どれだけ技術が進歩しても、権力・戦争・富・永遠の命への欲求という人間の本質は変わらない。復活編のAIとの共存は、いまのAI倫理の議論とそのまま重なる。
このサイトはブログじゃない。「思考のOS」だ。→
気づいてしまった。ここは知識を並べる場所ではなく、世界を理解するための地図。対話 → 整理 → 可視化 → 俯瞰 → 再考、のループを回すたびに、知識・思考・文章・構造が少しずつ洗練される。僕は知識を蓄積しているのではなく、再構成している。
北極星を、言葉にした。→
実現したいことを5つの柱に分けた——人・挑戦・探求・創造と貢献・削ぎ落とし。それぞれに「このアイデアはこの柱に効くか?」という評価の問いを添える。週次レビューで、この星に照らしてアイデアを選んでいく。
AIは、驚くほど人間に似ている。→
脳=LLM、記憶=Embedding/Vector Database、思い出す=RAG、行動=Function Calling、そして神経=MCP。仕組みを人間の認知になぞらえると、急に腑に落ちる。この比喩を精緻にすれば、人にAIを説明する「形」になりそうだ。
対称性は、なぜ存在するんだろう。→
まだ答えはない。問いだけを、ここに置いておく。なぜ対称性があると、人は心地よいと感じるのか。世界の側の理由なのか、それとも見る側の脳の都合なのか。
問いと、静けさ→
「アイデアはどんな時に生まれるのか」——この問い自体が、散歩中に浮かんだ。 アイデアが生まれる条件を考えるというアイデアが、アイデアの生まれやすい場所で生まれている。
アイデア = 問い × 静けさ。→
いいアイデアはいつも、朝の散歩・シャワー・湯船・サウナ後の外気浴・寝る前の瞑想で浮かぶ。共通点は、認知負荷が低く、未解決の問いだけが頭の片隅に残っていること。考えるのを止めた瞬間に、無意識が勝手に組み合わせ始める。
AIの仕組みを、一気に地図にした日。→
LLMから始めて、Transformer・Attention・Token・Embedding・Vector Database・RAG・MCP・Function Calling・AIエージェントまで。バラバラだった用語が、一本の線でつながった。理解とは、点を線にすることなのかもしれない。