物理だから単純、ではない
【物理】物理だから単純、ではない
「物理現象である」=「単純な現象である」ではない。
気づいたこと
麻酔の仕組みから入った。
麻酔は「脳を眠らせる」ものだと思っていたが、そうではなかった。 意識を失わせること、痛みを抑えること、記憶を作らせないこと。 どれも別々の作用で、まとめて起きているだけだった。
そこで引っかかったのが、この区別だった。 「痛みを感じない」ことと「意識がない」ことは同じではない。 局所麻酔は信号を途中で止めるだけで、脳は普通に動いている。
痛みは傷の中にあるのではなく、脳の処理の結果として生まれる。 だとすると、情報を伝えることと、何かを経験することは、同じなのだろうか。 カメラも赤を検出する。でもカメラは「赤い」と感じているのだろうか。
検知・情報処理・認知・主観的経験を、分けて考える必要がある。
意識は物理現象なのか、という問いにも行き着いた。 現在の科学から慎重に考えるなら、物理現象として説明できる可能性は高い。 ただ、物理現象であることと、単純であることは、まったく別だった。
原子から分子、タンパク質、ニューロン、神経ネットワーク、情報処理、情報統合、自己モデル、そして意識。 この階層のどこかで、何かが立ち上がっている。 創発、という捉え方ができる。
最後に残ったのは自由意志の問題だった。 「今日は運動しよう」と決めたとき、その決定はそれ以前の原因で決まっていたのではないか。 けれど、もし「私」そのものが物理過程から生まれた存在なら、 「物理現象だから自由ではない」という区別自体に意味があるのか、わからなくなった。
まとまったこと
- 「痛みを感じない」ことと「意識がない」ことは同じではない
- 痛みは傷そのものにあるのではなく、神経系の処理によって生じる
- 検知 / 情報処理 / 認知 / 主観的経験 は、区別して考える必要がある
- 「物理現象である」ことと「単純な現象である」ことは別。複雑な階層からの創発として捉えられる
- 意識と意思決定は同じではない。「赤を見ている」と「赤い服を買おう」は別のこと
- 現時点では、意識が物理現象でないと結論する根拠も、完全に説明できたと結論する根拠も無い
まだ言葉になっていないこと
- 情報が「統合」されると、なぜ経験が生じるのか
- 情報を処理するAIに意識は生じ得るのか
- 自己とは脳が作るモデルなのか。記憶がなくなったら「私」は同じなのか
- 物理 → 神経 → 情報 → 自己 → 主観的経験 という階層の、どこで意識が成立するのか
- 「私」そのものが物理過程から生まれたなら、「物理だから不自由」という区別に意味はあるのか
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元の対話
- 意識とは何か ― 麻酔・微小管・物理現象・自由意志をつなぐ