見るから、感じるへ
写真を通して、存在の美しさを観察し、記憶と感情と連想の中を旅する。
気づいたこと
写真サイトを作るなら、何を撮るかより先に、何を感じるかを考えたいと思った。
建物も自然も人も、単なる被写体ではなかった。 建物を見れば、誰がどんな思想で作ったのか、どんな時代だったのかを想像する。 自然を見れば、そこに積み重なった時間や、その中にいる自分自身を感じる。 人を見れば、その人の生き方や表情の奥にあるものを想像する。 「見て終わる」のではなく、その背景を想像すること。これが「観察」だと気づいた。
写真には自分の記憶が強く結びつく。 写真を見る、過去の場所を思い出す、当時の感情が蘇る。 そうやって、ただの写真が自分にとって特別なものに変わっていく。 これは自分だけでなく、見る人みんなに起こり得ることだと思った。
人が景色を見るとき、頭の中では直線ではなくネットワーク状にイメージがつながっていく。 写真を見る、言葉が浮かぶ、記憶が浮かぶ、別の場所を思い出す、別の写真を思い出す。 この「連想の構造」そのものを、サイトのデザインとして表現したいと思った。
だから、写真をクリックしたときに詳細ページへ飛ぶのではなく、 その写真を中心に関連する写真・記憶・場所・人物・感情がネットワーク状に広がる画面にしたい。 Obsidianのグラフビューのような感覚で、見る人自身が連想の道筋を選んでいく。
最終的にこのサイトは、写真を展示する場所ではなく、 写真を入り口にして人の記憶や感情や思考を旅する場所にしたいと思った。 「見る」から「感じる」へ。この循環をサイトそのものにしたい。
まとまったこと
- 3つの主要カテゴリー: 建物(人間の思想・技術・美意識) / 自然(時間・生命・歴史・感覚) / 人(一人ひとりの美しさや物語)
- カテゴリーは「何を撮ったか」、タグは「何を感じたか・何を考えたか」で分ける
- トップページはタイルビュー(大小不揃いの写真を混在させる)
- 写真をクリックすると詳細ページではなくグラフビューへ移行し、関連する写真・記憶・場所・人物・感情がネットワーク状に広がる
- 写真に添える文章は「説明」ではなく「思考の断片」として扱う
- デザインキーワード: ミニマル、大きな余白、不規則なタイル、有機的、ネットワーク、余韻、静寂
まだ言葉になっていないこと
- サイト名、全体のビジュアルテーマ、3カテゴリーの正式名称
- タグの設計、写真同士を「関連あり」とする条件
- グラフビューの見せ方、写真詳細画面のレイアウト
- 写真・文章・タグのデータ構造
- 最初に掲載する写真、最小構成のプロトタイプをどう作るか
関連ノート
- ホームページを思考のOSとして育てる
元の対話
- Archive/対話ログ/写真サイト構想