脳が選択して構成した世界
【知的生産】脳が選択して構成した世界
世界そのものを見ているというより、脳による選択とフォーカスと補完を通して構成された世界を見ているのかもしれない。
気づいたこと
人間の視野角そのものはかなり広く、感覚的には魚眼レンズのように広い範囲を捉えているのかもしれないと思った。 一方で、実際に意識を向けてフォーカスしている範囲はかなり狭く、40mm程度の標準レンズに近いのではないかと考えた。 視野に入っている情報と、意識的にフォーカスしている情報と、記憶として残る情報は、それぞれ違うのだと気づいた。
目からは広い範囲の情報が入ってくるが、そのすべてを同じ解像度・重要度で処理しているわけではない。 脳は広い世界を受け取りながら、その中から一部を選択して認識しているように感じた。 危険そうなもの、自分の目的に関係するもの、意外なもの、感情が動いたものが優先的に処理されているのではないかと思った。 これは能力不足ではなく、膨大な情報を扱うための効率化・最適化なのかもしれないと考えた。
もし本当に世界のあらゆる情報を知覚できたら、脳が処理しきれず、正常な精神状態を保てなくなる可能性もあるのではないかと思った。 人間の知覚能力には、ある意味でコントロールされた限界があるのではないか、という考えに至った。 動物には人間には知覚できない情報を捉えているように見えるケースもあり、生物ごとに異なる知覚世界があり得るとも感じた。
VRは人間の知覚を再現する技術として相性が良いのではないかと思った。 広い視野を用意しながら、人間が意識を向けた場所にフォーカスできれば、「見る」という行為そのものを体験として再現できる可能性があると考えた。
機械はCPUやメモリを大量に投入することで、人間よりはるかに多くの情報を処理できる可能性がある。 カメラ、LiDAR、赤外線、ミリ波レーダーなど、人間には無いセンサーを組み合わせている機械もある。 これは人間の視覚を高性能化したものというより、人間とは異なる知覚システムと考えた方が面白いと思った。 そこからさらに、人間が理解することすらできない何かを、機械がいつか発見する日が来るのではないか、という問いも生まれた。
まとまったこと
- 視野として入っている情報/意識的にフォーカスしている情報/記憶として残る情報は、それぞれ異なる
- 脳の情報選択は能力不足ではなく、膨大な情報を処理するための効率化と考えられる
- 機械の知覚は人間の視覚の延長ではなく、人間とは異なる知覚システムとして捉えた方が面白い
まだ言葉になっていないこと
- 私たちは本当に「世界」を見ているのか、それとも脳が選択して構成した「世界」を見ているのか
- 人間が知覚できない情報には何があるのか、他の生物にはどんな世界が見えているのか
- 機械が人間を超えた知覚を持ったとき、その機械には世界がどう見えるのか
関連ノート
- 【知的生産】頭の中が一瞬、真っ白になる — 同じ散歩で、今度は「考える」側から思考の仕組みを考えた回
元の対話
- 見ること・知覚することについての対話