欲を否定せず、支配されない
「もっと」を楽しみながら、「今も十分」を忘れない。
気づいたこと
映画「マイケル」を観た。 一人の人間の人生を、始まりから終わりまで追体験するような感覚があった。 観終わった後、不思議と幸せな気持ちになった。
自分の人生を振り返ると、すでに十分幸せなのではないかと感じた。 それと同時に、「もっと何かをしたい」「もっと幸せになりたい」という気持ちも確かにあった。
人間には欲が尽きないと気づいた。 お金、評価、名誉、人気、より良い生活、もっと多くの経験。 足りているはずのものに対しても、もっと欲しいと思ってしまう。 自分も欲深いんだと感じた。
欲には良い側面もあった。 もっと良くなりたいという欲があるから、努力し、何かを作り、自分を磨くことができる。 マイケルがあれだけ多くの作品を生み出せたのも、認められたいという欲がエネルギーになっていたからではないかと思った。
一方で、欲が強すぎると、人を傷つけたり、富や権力を独占しようとしたりする力にもなる。 一つの欲を満たしても、また次の欲が生まれる。 欲を満たし続けることだけを幸福の条件にすると、永遠に満足できないのかもしれないと思った。
瞑想をすると、穏やかな気持ちになった。 今この瞬間に意識を戻すことで、「もっと欲しい」という未来への意識から少し離れられた。 ただ、その穏やかさは刹那的なものかもしれないとも感じた。
まとまったこと
- 欲は、人間を成長させる力にもなれば、人間を苦しめる力にもなる
- 欲を否定せず、「人間にはそういう性質がある」と認識する
- 「もっとやりたい」という気持ちは、学ぶ・作る・挑戦するためのエネルギーとして使う
- ただし「今の自分に何が足りないのか」「本当に必要なのか」と一歩引いて眺め、欲に人生を支配させない
- 「もっと」を追い求める力と、「もう十分」と感じられる力の両方を持つことが大事なのかもしれない
まだ言葉になっていないこと
- 自分は本当は何を求めているのか
- 「もっと欲しい」と思うのはなぜか。それは本当に自分が欲しいものなのか、他人からの評価を求めているだけではないか
- 欲を人生のエネルギーに変えるには、具体的にどうすればいいのか
- 最終的に人生に残るものは何なのか
関連ノート
- 味わうけど、握りしめない
- 持たないより、支配されない
元の対話
- Archive/対話ログ/映画「マイケル」から考えた欲と幸福